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東京地方裁判所 平成6年(ワ)24641号 判決

主文

一  甲事件原告の請求を棄却する。

二  乙事件のうち、甲事件原告と甲事件被告間の、アメリカ合衆国ミネソタ州ヘネピン郡第四地方裁判所家事部第PA二七三二四号事件につき、同裁判所が一九九三年九月九日に言い渡した別紙記載の判決中、養育費の給付を命じる部分(「IT IS HEREBY ORDERED AND DECREED」の3.)に係る訴えを却下する。

三  乙事件原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、甲事件乙事件を通じ、これを二分し、その一を甲事件原告の負担とし、その一を乙事件原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)

1 甲事件原告と甲事件被告間の、アメリカ合衆国ミネソタ州ヘネピン郡第四地方裁判所家事部第PA二七三二四号事件(以下「本件外国訴訟」という。)につき、同裁判所が一九九三年九月九日に言い渡した別紙記載の判決(以下「本件外国判決」という。)に基づき、同判決中養育費の給付を命じる部分(「IT IS HEREBY ORDERED AND DECREED」の3.)につき、甲事件原告が甲事件被告に対し強制執行することを許可する。

2 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。

(乙事件)

1 本件外国判決が、わが国において効力を有しないことを確認する。

2 訴訟費用は乙事件被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(甲事件)

1 甲事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

(乙事件)

1 乙事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  当事者の呼称

以下、甲事件原告・乙事件被告を単に「原告」といい、甲事件被告・乙事件原告を単に「被告」という。

二  争いがない事実

1 原告及び被告はともに、日本国籍を有する者である。

原告は、一九九三年(平成五年)四月一八日、甲野一郎(以下「一郎」という。)を出産した。

2 アメリカ合衆国ミネソタ州ヘネピン郡第四地方裁判所(以下「ミネソタ州地裁」という。)は、同年四月一二日に原告から提起された被告に対する一郎の父親認定の訴え(PATERNITY FINDINGS ORDER FOR JUDGMENT)に基づき、被告不出頭のまま事実審理を遂げた上、同年九月九日、被告は原告が出産した一郎の父親であるとし、被告に対し一郎の養育費を支払うことを命じる本件外国判決を言い渡し、同判決は確定した。

3 本件外国判決に基づき、日本国において、被告が一郎の父である旨の戸籍の記載がなされている。

三  民事執行法二四条及び民事訴訟法二〇〇条各号の要件該当性

1 原告の主張

(一) 本件外国判決は、民事執行法二四条の外国裁判所の判決及び民事訴訟法二〇〇条の外国裁判所の確定判決に当たる。

すなわち、本件外国判決は、原告及び被告を当事者として、被告が一郎の父親であることを認定するとともに、一郎の養育費の支払につき、被告は原告に対し直接養育費の支払義務があることを前提とした上で、その取立てを援助するため、主文(IT IS HEREBY ORDERED AND DECREED)第三及び第四項において、ミネソタ州の機関であるA・アンド・Bサービス(A and B services)が被告の使用者との間で自動引き落としの手続をとること、自動引き落としまでの間、被告の使用者はA・アンド・Bサービスに対する支払につき責任を負う旨命じているが、A・アンド・Bサービスは、原告に対して立替払を行った上で被告に対して求償するのではなく、右判決主文に従って取立てを代行ないし援助するにすぎないから、原告の被告に対する養育費請求権が失われるわけではない。また、原告は、平成七年一〇月、ミネソタ州からオレゴン州に転居しており、右判決に従って右機関から養育費を受け取る申請を行うことができない。したがって、本件外国判決中主文第三項(「IT IS HEREBY ORDERED AND DECREED」)の3.)の養育費の給付を命じる部分は、被告の原告に対する養育費の給付を命ずる内容の確定判決に当たるが、右部分につき執行判決をするに当たっては、「被告は原告に対し、一九九三年一〇月一日から一郎が一八歳に達する二〇一一年四月まで、毎月一二五〇ドルを支払え」と構成し直すべきである。

(二) 本件外国判決は、次のとおり、民事訴訟法二〇〇条各号の要件を具備している。

(1) 国際裁判管轄権について(一号)

被告は、本件外国訴訟提起当時、カリフォルニア州に居住し、ミネソタ州内に住所を有していなかったが、ミネソタ州の管轄法規(long-arm statute)により、ミネソタ州地裁は被告に対して人的管轄権を有している。すなわち、ミネソタ州法五四三・一九は、州内に住所を有しない自然人に対する人的管轄について、その人の州内における行為により人的物的損害が生じたとき、又はその人の州外における行為により州内において人的物的損害が生じたときには、訴訟管轄を認めている。これを受けて、父を定める訴訟においては、被告となる者がミネソタ州と最小限の関連(ミニマム・コンタクト、minimum contacts)を有していること、例えば、妊娠又は両当事者の関係の意味ある部分がミネソタ州内において行われていることが必要であるとされている。

被告は出張その他により多くの時間をミネソタ州で過ごしており、右ミニマム・コンタクトが認められること、原告と被告との間の性交のうち数回はミネソタ州内において行われたこと、一郎の妊娠過程、出生及び幼年期はミネソタ州内において生じていることによって、ミネソタ州は被告に対して人的訴訟管轄を有している。

(2) 送達について(二号)

本件外国訴訟の訴状及び呼出状は、ミネソタ州民事訴訟法四条〇三項により、一九九三年(平成五年)四月二六日午後八時四〇分、カリフォルニア州在住の被告に対し直接郵送の方法で送達された。被告は、右送達を受け、カリフォルニア州弁護士ジョセフ・ハウィントン及びミネソタ州弁護士グレゴリー・シモンに相談し、右シモン弁護士は、被告の代理人として、本件外国訴訟における原告の訴訟代理人であるマルシア・マクドウエルニックス弁護士に対し、答弁書提出期限を延期してほしい旨の書面を送付した。

被告は、弁護士に相談した結果、あえて本件外国訴訟に出頭しなかったのであり、被告は、本件外国訴訟の提起を現実に了知し、防御の機会を与えられているから、同号の要件を充たしている。

(3) 公序良俗違反について(三号)

ミネソタ州民事訴訟法においては、被告が適正に訴状及び呼出状の送達を受けていながら無連絡で出頭しなかった場合には、欠席判決を行うことが認められている。通常の認知訴訟においては、いずれかの当事者の申出があれば裁判所は血液鑑定などを行うことができるが、被告不出頭の場合にかかる申出がなければ、弁論を終結して判決をすることも適法である。

また、ミネソタ州法においては、認知訴訟の提訴についての時間的制限は、子が成人に達した後一年間に限るという制限があるだけであって、胎児の母親が提訴することについての制限はない。

(4) 相互保証について(四号)

アメリカ合衆国連邦法である「金銭給付に関する外国判決の承認に関する統一法」(以下「統一法」という。)は、「その国の法律に従って管轄権をもつ外国裁判所で行われた確定判決は、その国におけると同一の効力を有する」旨規定しており、ミネソタ州も右統一法により外国判決の効力を承認している。

右統一法は、金銭給付判決についての特別法であり、統一法が規定していないものについては、ルイジアナ州のようにフランス法の影響を強く受けている州以外の一般の州(ミネソタ州もその一つである。)においては、一般法たるコモンローが妥当する。相互保証に関するコモンローとしては、一八九五年に、ヒルトン対ギヨー事件において、フランスにおいて行われた判決をニューヨーク州で執行するに際してなされた判決が、判例法として広く適用されている。右判決における相互保証の要件は、<1>訴状が送達されていること、<2>判決手続が不公正でないこと、<3>人的管轄があること、<4>事物管轄があること、<5>詐欺そのほか不正常な手続によって得られたものでないこと、<6>判決の内容が合衆国の公共政策に反しないこと、<7>相手国において外国判決承認についての相互保証があることとされている。

また、ミネソタ州最高裁判所第四五〇六三号・一九七六年八月二一日判決(上告人ハネローラ・ニコル・ハイデッガー、相手方ロレンス・イー・タンナー)は、右ヒルトン対ギヨー事件判決の要件をやや緩和し、「適正手続が保障されていれば、ドイツ法の下において欠席判決として出された判決であっても相互保証の要件を問題にせずに強制執行できる。」と判示している。

これらのコモンローが定める要件は、わが国の民事訴訟法二〇〇条所定の外国判決の承認の要件と重要な点において異ならないので、相互保証がある。

2 被告の主張

(一) 本件外国判決は、民事執行法二四条の外国裁判所の判決及び民事訴訟法二〇〇条の外国裁判所の確定判決に当たらない。すなわち、同条の判決は、既判力を有する確定判決をさすところ、本件外国判決中養育費の支払を命じる部分は、後に事情変更により内容が変更される可能性があり、同条の確定判決に当たらない。

(二) 本件外国判決は、次のとおり、民事訴訟法二〇〇条各号所定の要件をいずれも具備していないから、わが国において効力を有しない。

(1) 国際裁判管轄権について

外国判決承認の要件としての国際裁判管轄は、原則として被告住所地に認められるべきであるが、本件外国訴訟の提起時において、被告の住所地はカリフォルニア州にあったのであり、また、被告とミネソタ州との間には、被告の防御権が十分に保障されたという意味でのミニマム・コンタクトもないのであるから、原告がミネソタ州において得た本件外国判決はわが国においてはその効力を認められない。

(2) 送達について

本件外国訴訟の訴状及び呼出状が被告宛に直接郵送されたこと及び被告が弁護士に相談したことは認めるが、被告は、単に形式的に訴状及び呼出状を受け取ったに過ぎず、これが訴えの提起であるとは理解できず、どうしたらよいかわからずに弁護士に相談したところ、ミネソタ州で欠席判決を出させ、改めてカリフォルニア州又は日本で裁判を提起するよう強く勧められた。したがって、被告は、防御の機会を有し自己の利益を保護する意味での実質的な送達を受けたことにはならない。

(3) 公序良俗違反について

本件外国判決は、親子関係の存否を確認するための血液検査も行わず、自白と見なされた簡単な欠席判決によってなされている。このような判決で一郎が日本国籍を取得し、また被告と一郎との間に親子関係が創設されたのでは、日本の国籍法及び民法(家族法)の理念は事実上無視されてしまう。

さらに、アメリカ合衆国においても嫡出推定の規定はあるところ、一郎の出生時、原告には夫がいたにもかかわらず、一郎と右夫間において親子関係不存在の訴訟が提起され、その裁判中、しかも一郎の出生前において被告に対する本件外国訴訟が提起されたものである。

このように、本件外国判決は、到底適正手続に基づくものとはいえず、公序良俗に反する。

(4) 相互保証について

統一法は、金銭給付を命じる判決のうち、家族問題(family matters)に関する判決を承認の対象から除外している。本件外国判決は、被告を一郎の父親であるとして、被告に対して一郎の養育費の支払を命じるものであるから、右家族問題に関する判決に該当することは明らかである。したがって、本件外国判決は、相互保証の要件を具備していない。

第三  判断

一  甲事件について

1 原告は、本件外国判決中主文第三項の養育費の給付を命じる部分について、執行判決を求めるので、以下検討する。

2 本件外国判決は、一郎の父親認定、監護及び養育費の支払につき、おおむね次のとおり定めている。

<1> 被告は、原告が一九九三年四月一八日出産した未成年の子一郎の父親である。

<2> 原告には、未成年の子の一時的な法律上、身体上の監護(care)、後見(custody)及び支配(control)が授与される。被告の面接権は留保される。

<3> 被告の現在の使用者、又は将来の使用者、又は他の基金の支払者は、その原因如何にかかわらず、被告の収入から天引し、ミネソタ州ミネアポリス市《番地略》ヘネピン州A・アンド・Bサービスに、次のとおり、被告の支払期間及び義務に応じ、分割して送金する。

a 一郎の養育費として、一九九三年一〇月一日から同人が一八歳に達するまで、同人が中等学校に就学している場合は二〇歳まで、同人に肉体的精神的疾患があって自活できない場合にはその間(婚姻その他により法的に成人となったときはその時まで)、さらに裁判所の決定があるときはこれに基づき、毎月一二五〇ドル。

b 出産費用は一五〇〇ドルが相当であり、同額の支払が留保される。

c 一九九三年六月一日から同年九月三〇日までの償還は五〇〇〇ドルが相当であり、同額の支払が留保される。

d 血液検査の費用は二〇四ドルが相当であり、同額の支払が留保される。

<4> 右収入の自動天引が実行されるまで、義務者は直接A・アンド・Bサービスに右支払をしなければならない。

<5> 判決添付の一九九二年一月付け補遺Aを引用する。

<6> 被告は、住所又は職業の変更を一〇日以内に、A・アンド・Bサービスに通知しなければならない。

義務者は、その収入が著しく減少したときには、子の扶養料又は婚姻費用の減額若しくは延期をその責任において申請しなければならない。

3 本件外国判決主文第三項は、同第五項により一体をなすものとして引用された補遺A記載のミネソタ州法により、養育料の支払につき同判決の当事者ではない被告の使用者等に給与の天引を命じているが、これは、アメリカ合衆国において、養育料支払の実効をあげるため、家族扶養法(Family support Act)により、一九九四年一月一日以前に支払が命じられ又は以後に命じられる子の養育料は、命令を発する裁判所又は機関が給与天引を命じない相当の理由があると認めるとき、若しくは、当事者間に書面による別の取決めがない限り、養育料支払命令において給与天引命令をすべきことが要求され、右以前にも同様の措置がなされていたことによるものである。

4 ところで、民事執行法二四条、民事訴訟法二〇〇条により、外国判決の給付を命じた部分につき執行判決を求める訴えは、わが国において当該外国判決を承認しこれに基づく執行を可能とすることを目的とするものであるから、同条にいう外国裁判所の判決は、わが国の強制執行に親しむ具体的な給付請求権を表示してその給付を命じる内容を有する判決のみをさし、当該外国判決の給付を命じる部分が、わが国の強制執行にそぐわず、同部分につき執行を許可しても、そのままではわが国において強制執行をすることができないような内容を有する外国判決については、執行判決を求める利益がないのみならず、給付を命じる部分を承認し、執行を許可することもできないものというべきである。

本件についてこれをみると、本件外国判決主文第三項は、一郎の養育費の支払につき、判決の当事者でない被告の使用者等に対し、支払期限及び金額を明示して、この金額を給与等から天引し、A・アンド・Bサービスに送金すべきことを命じていることが明らかである。しかし、わが国の強制執行においては、養育費の支払を命じた債務名義に基づき、債権者は債務者の給与等の債権を差し押さえることにより、これを取り立てることが可能であるが、それは、判決の当事者となった債権者が同債務者の給与等を差し押さえ、債務者の現在の使用者等に対し債務者への支払を禁じることにより、債権者自らが右使用者等から取り立てるものである。しかるに、本件外国判決主文第三項においては、前記給与天引制度によって、差押えも介さず、判決の当事者にもなっていない債務者の現在の使用者等のみならず将来の使用者等に対しても、給与等を天引して公的な集金機関に送金すべきことを義務づけているのであるから、右判決主文からは、わが国の強制執行に親しむ被告の原告に対する具体的な給付請求権を表示してその給付を命じる内容を有するものとは読みとれず、わが国の右給与等の差押制度とは大きく異なるものである。このような養育費支払についての給与天引制度は、アメリカ合衆国の前記法律によって認められたもので、わが国には存在しない。したがって、右判決主文第三項について強制執行を許可しても、わが国による強制執行をすることができないし、わが国の強制執行に親しむ被告の原告に対する具体的な給付請求権を表示してその給付を命じる内容を有するものとは認められないから、本件外国判決中養育費の給付を命じる部分については、これを承認し執行を許可することはできないものというべきである。

原告は、本件外国判決主文第三項につき執行判決をするに当たって、「被告は原告に対し、一九九三年一〇月一日から一郎が一八歳に達する二〇一一年四月まで、毎月一二五〇ドルを支払え」と構成し直すべきであると主張する。しかし、本件外国判決の右部分は、「次のとおりの被告の債務(the Defendant’s obligations as follows:)」として、前記a項からd項までの具体的な支払期間と金額を記載しているが、同判決主文第三項を全体として読めば、右金額をその支払期間、被告の使用者等に対し、給与等を天引してA・アンド・Bサービスに送金するよう命じているのであって、被告の債務という部分のみを取り出し、しかもその支払相手を原告であると読むことはできないのであり(被告の債務として具体的に記載されている部分のみを取り出し、支払義務者を被告自らとしても、その送金先は原告ではなく、A・アンド・Bサービスと解さざるを得ないが、そうすると、その執行方法はどうするのかの疑問が残る。)、これを原告主張のように、執行判決において構成し直すことは、本件外国判決主文第三項に変更を加えるのと同様になり、外国判決の実質的審査を禁止する民事執行法二四条二項の趣旨に照らし許されない。

そうすると、本件外国判決中養育費の給付を命じる部分につき執行判決を求める原告の甲事件請求は、理由がないものというべきである。

二  乙事件について

1 本件外国判決中養育費の給付を命じる部分が、承認の要件を欠き、わが国においてその効力を認められないことは、右に説示したとおりである。したがって、乙事件のうち、右部分について、さらにその無効確認を求める部分に係る乙事件原告の訴えは、二重起訴に当たり不適法というべきである。

2 そこで、本件外国判決中のその余の部分が、民事訴訟法二〇〇条各号の要件を具備するか否かにつき検討する。

(一) 国際裁判管轄について(一号)

(1) 《証拠略》によれば、本件外国訴訟提起時において、右訴訟の当事者である被告の住所地はカリフォルニア州にあったことが認められ、一方、《証拠略》によれば、右当時における一郎の住所地はミネソタ州にあったことが認められる。

(2) ところで、国際裁判管轄権を定める基準については、わが国にはこれを直接規定する成文法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当である(最高裁昭和五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁)、本件外国訴訟のような親子関係事件においては、親と子は関係の形成の当初において対等な立場には立ち得ず、親子間に必ずしも利害の対立があるともいえないこと、採証上の便宜は子の住所地国にあるのが通常であることなどの親子事件の特質及び子の利益・福祉に鑑みると、被告の住所地国と並んで子の住所地国も国際裁判管轄権を有するものと解するのが相当である。

前記認定の事実によれば、本件外国訴訟においては、被告住所地のカリフォルニア州の裁判所とともに、一郎の住所地であるミネソタ州の裁判所も国際裁判管轄権を有するものというべきであるから、本件外国判決は、国際裁判管轄権を有する外国裁判所によってなされたものである。

(二) 送達について(二号)

本件外国訴訟の訴状及び呼出状が、ミネソタ州民事訴訟法四・〇三により、平成五年四月二六日午後八時四〇分、被告に対し直接郵送の方法で送達されたこと、被告が右送達を受けて弁護士に相談したことは、当事者間に争いがない。

右認定事実によれば、被告に訴訟の提起を知らせ、防御の機会を与える意味における送達が行われたものといえる。被告はアメリカ合衆国に在住して仕事も行っているのであるから、特に日本語の訳文の添付を必要とするような事情は認められないし、また、被告が主張するその後の本件外国訴訟に出頭しなかった事情は、被告は判決確定前に判決国で救済を得ることが合理的に期待することができたのに、あえてその救済手段をとらなかったものであるから、右判断を何ら左右するに足りるものではない。

(三) 公序良俗違反について(三号)

《証拠略》によれば、原告は、一郎の出生前において本件外国訴訟を提起し、かつ、本件外国判決は、被告が欠席したまま、原告本人尋問により言い渡されていることが認められる。

被告は、本件外国判決は親子関係の存否を確認するための血液検査も行わず、自白と見なされた簡単な欠席判決によってなされているが、適正手続に基づくものとはいえず、公序良俗に反する旨主張する。しかし、わが国における認知請求訴訟においても、被告が出頭しなかった場合に、血液鑑定を実施せずに原告本人尋問等により認知判決をすることが許されないわけではないから、本件外国判決が右のようなものであるからといって、これが日本における公序良俗に反するものであるともいえない。

その他、本件外国判決の内容及び手続がわが国の公序良俗に反すると認めるべき事情は、本件全証拠によっても認められない。

(四) 相互保証について(四号)

(1) ミネソタ州を含むアメリカ合衆国の大多数の州においては、外国判決の承認の要件として、次のようなコモンロー上の原則が存在する。

<1> 当該外国判決が管轄権(人的管轄及び物的管轄)を有する裁判所によってくだされたものであること(右管轄権の有無はアメリカ法上のデュー・プロセスの基準に照らして判断され、対人管轄の場合は、当事者の一般的出頭、同意、又は、判決国と最小限の関連を有する当事者に対する適式な送達が存在すればよい。)。

<2> 当該外国判決が、判決国法上最終のものであること。

<3> 適正な告知が行われたこと。

<4> 公平な外国裁判所において防御の機会を与えられたこと。

<5> 外国裁判所の正規の手続が文明国の法体系に従って行われたこと。

これらの各要件のうち、<2>以外は、一八九五年のヒルトン・ギヨー事件の連邦裁判所判決で指摘されている。また、以上の要件のほか、被告が抗弁として提出できるものとして、判決の詐取、アメリカ合衆国の公序違反等がある。右公序概念は多様な内容を含むものであるが、当該外国判決がアメリカ法上認められない訴訟原因を原告に認めたことや、両国間の法律の相違は、通常は公序違反とはならないとされている。

(2) なお、前記ヒルトン対ギヨー事件判決は、外国判決の承認として相互の保証を掲げたが、その射程距離は当初から制限的に解されており、現在においては、外国判決の承認・執行に相互の保証が必要であるかどうか疑問視されるに至っている。

ミネソタ州最高裁判所第四五〇六三号・一九七六年八月二一日判決(上告人ハネローラ・ニコル・ハイデッガー、相手方ロレンス・イー・タンナー)は、ドイツにおいてなされた父子関係確定及び養育費支払請求事件判決の執行を求める事件において、「外国判決を執行するに際してその外国において相互保証がされているということは絶対的な条件ではなく、また、外国判決が欠席裁判で行われたとしても合理的な通知がなされ防御の機会が与えられるなど基本的に公正な手続がとられているならば、ドイツ法の下において欠席判決として出された判決であってもその効力に消長を及ぼさない」旨判示している。

(3) 以上によれば、ミネソタ州における外国判決の承認の要件は、わが国の民事訴訟法二〇〇条の要件と重要な点において異ならないものといえるので、本件外国判決には、相互保証がある。

3 そうすると、本件外国判決中養育費の給付を命じる部分以外の部分は、民事訴訟法二〇〇条各号の要件を充たしているものというべきである。

三  以上のとおり、甲事件原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、乙事件のうち、本件外国判決中、養育費の給付を命じる部分に係る訴えは不適法であるからこれを却下し、乙事件原告のその余の請求は理由がないのでこれを棄却することとする。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長野益三 裁判官 玉越義雄 裁判官 名越聡子)

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